●50代のおっさん「葬送」そして「きづき」の閑話。

このブログはおっさんの日記代わりで、普段は脈絡の無い話を

だらだら適当に書いている。

今日は特に脈絡が無いので、読み飛ばしてくれてかまわない...


今日、突然の電話で友人の訃報を知らされた。

以前から肝臓を患っていると知っていたが、突然の知らせに驚いた。

不摂生の代表選手の様なおっさんがピンピンしているのに

早すぎるだろ。 一緒に酒が飲めなくなるだろ。

酒豪で、家族思い、面倒見が良く、仲間から慕われている奴だった。

自分の身に置き換えて考えてみると辛く、ただショックだ。


自生が無い我々は、生きてもいなければ、死んでもいない 

ただ日々変化が有るだけだと普段から豪語しているおっさんも。

こんな時はやはり色々考えてしまう。


「人間は考える葦である」とか「我思う、故に我在り」とか

若い方々は考える事も少ないと思うが、

いつか自我の不思議に行きつく事になると思う。

 
それに年を重ねると、いろんな「きづき」を意識する様になる。

何かに「気づき」、何を「築けた」だろうか? 

どんな「絆き」を育み、そして良く「生づけ」て来ただろうか?

おっさんも、未だ五里霧中の中でウロウロしている状態だ。

きっとそれは最後の時まで続くのだろうなと思っている。

葬送.jpg

友人Tの冥福を祈る。

今日は酒が不味い...



     岩魚岩男

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